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 | 歴史 上 ヘロドトス |
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内容紹介
「歴史の父」の名を冠されるギリシアの史家が述べる。前五世紀のペルシア戦争を頂点とする東西抗争、東方諸国の歴史。著者は、ギリシア人と異邦人とが...▽「歴史の父」の名を冠されるギリシアの史家が述べる。前五世紀のペルシア戦争を頂点とする東西抗争、東方諸国の歴史。著者は、ギリシア人と異邦人とが果した偉大な事跡、両者が争うに至った原因を後世に伝えるべくこれを書いた。何よりもまず正確さが重視され、豊富に織りこまれた説話は長巻を飽かず読ませる魅力をもつ。
名言抜粋
女と申すものは、下着とともに、...
私どもが則らねばならぬ名言の数...
どれほど裕福な者であろうとも、...
人間死ぬまでは、幸運な人とは呼...
平和より戦争をえらぶほど無分別...
作品について
『歴史』は、ハリカルナッソスのヘロドトスが記した歴史書である。この書を著したことにより彼は「歴史の父」と呼ばれる。紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシアと古代ギリシア...▽作品について
『歴史』は、ハリカルナッソスのヘロドトスが記した歴史書である。
この書を著したことにより彼は「歴史の父」と呼ばれる。
紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシアと古代ギリシア諸ポリス間の戦争(ペルシア戦争)を中心的主題とし、ペルシアの建国および拡大、オリエント世界各地の歴史、風俗や伝説をちりばめた地誌でもある。
紀元前443年、アテナイによる南イタリア(マグナ・グラエキア)のトゥリオイ市の殖民にヘロドトスは参加し、この地で記した。
イオニア方言で記述されている。
ヘロドトスは古代世界を旅し、各地の話を集めて行ったと思われる(それゆえか疑わしい話も少なからずある)。
10世紀後半に東ローマ帝国で編纂されたスーダ辞典によれば、ヘロドトスは統治者へのクーデターへ参加した為にハリカルナッソスから追放されたとある。
旅はこの機会に行われたと見られている。
ギリシアとペルシアの諍いの原因として、ヘロドトスは、絶対的権力を持つペルシア王と民主的行政府を持つギリシアのイデオロギーの相違が原因であると言及している。
有名なマラトンの戦いは第6巻に含まれている。
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