![]() | マザー・テレサ 宗教家 | |||||
他人の過ちや、罪深いすべてのものに目を閉じ、神の美徳をさがす(目の沈黙)ゴシップや告げ口、無慈悲な言葉等の声に耳をふさぎ、神の声や貧しい人の叫びに耳を傾ける(耳の沈黙)暗さや動揺、苦しみを引き起こすすべての言葉をつつしみ、私たちを啓発し、鼓舞し、平安や希望や喜びをもたらす神の真理の言葉、イエスの言葉を口にする(舌の沈黙)うそや混乱、破壊的な考え、軽率な評価、他人への誤った疑い、復讐心、さまざまな欲望などに精神を閉ざし、祈りと黙想において神の真理と知識に精神を開く(精神の沈黙)すべての自分本位の考え、憎しみ、うらみ、ねたみ、欲ばりを避け、私たちの心、魂、精神、力において神を愛し、神が愛するように人を愛する(心の沈黙) | ||||||
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![]() | ウォルト・ホイットマン 詩人 | |||||
(シェイクスピアの劇作品について)ヨーロッパ封建制の躍動のただ中のなかから生み出された(中世の貴族社会を、その無慈悲で巨大な特権階級のそびえ立つ精神、その独特の空気と高慢さ(単なる模倣でなく)を無比な形で具現化している)これらの驚くべき作品(見方によっては文学史上較べるもののない優れた作品)は、劇作品群のそこかしこに現れる「狼のような伯爵」の一人、あるいは貴族の家に生まれてその世界を知っている人が、その真の作者であるように思われる。 | ||||||
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![]() | 五木寛之 小説家 | |||||
仏教で「慈悲」といいますが、「慈」とはプラス思考の励ましの言葉です。戦後の日本では「頑張れ」という励ましの言葉ばかりが持てはやされ、「悲」というものが捨て置かれてきました。悲しんだり、嘆いたり、泣いたりするのは全部マイナス思考であって、ネガティブなマイナス思考は免疫力を下げ、自然治癒力も落ちるような言い方をされてきました。私はそんなものは迷信だと思います。テレビの瞬間芸を見て鼻先でフフッと笑ったぐらいでは治癒効果などありません。滂沱と涙を流して泣いたことのある人だけが腹の底から笑うことができる。ひとは「慈」と「悲」を両方持って走らなければいけない。 | ||||||
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![]() | マザー・テレサ 宗教家 | |||||
小さなことに誠実になりなさい。その中にこそ、私達の力はあるのですから。慈悲深い神にとって、小さなものは何もありません。なぜなら、神はとても大きいからです。そして、人間はとても小さいのです。だからこそ、神へのわたしたちの愛を証明する機会を与えてくださるために、あえて神は身をかがめられて、わたしたちにとっての小さなことをわざわざ引き起こして下さるわけなのです。小さなことを引き起こすのは神なのですから、小さなものは本来とても大きいのです。神は小さなことは何も行うことはできません。神のなさることは、全てが無限なのです。 | ||||||
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![]() | 洪自誠 作家 | |||||
少しの慈悲心が、天と地の間にある人間の温和な気風を醸し出し、少しの潔白心(清心)が、百代先(永遠)まで、匂わんばかりに清々しく心を伝える。つまり、誰某(だれそれ)、彼是(あれこれ)といった偏りの無い菩薩のような本当の慈しみや思いやり、そして清廉潔白な心は、どんな人間にも人間本来の温和か心を思い出させ、その清々しい心は永遠に伝えられるということ。言い換えれば、活人は、「菩薩」のような人を目指しなさいということ。 | ||||||
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