![]() | ルキウス・アンナエウス・セネカ 政治家 | |||||
孤独は群衆への嫌悪を、群衆は孤独への倦怠を癒してくれるのである。 | ||||||
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![]() | ラルフ・ワルド・エマーソン 哲学者 | |||||
群衆の中にあっても孤独を守る人こそ、至高の人である。 | ||||||
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![]() | エーリッヒ・フロム 哲学者 | |||||
現代の西洋社会でも、孤立感を克服するもっとも一般的な方法は、集団に同調することである。集団に同調することによって、個人の自我はほとんど消え、集団の一員になりきることが目的となる。もし私がみんなと同じになり、他の人と違った思想や感情を持たず[…]集団全体に同調すれば私は救われる。 | ||||||
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![]() | ジッドゥ・クリシュナムルティ 作家 | |||||
思考は教会を建立し、救世主や導師を生み出してきた。思考は国家あるいは国民性といったものを考え出し、さらに国民を互いに反目し、対立しあう様々な集団や階級に分けてきた。思考は人と人を引き離し、孤立させ、そのようにして混乱と大きな悲しみをもたらしてきた。 | ||||||
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![]() | エーリッヒ・フロム 哲学者 | |||||
性的な乱交の儀式は、多くの場合、原始的な儀式の一部であった。人々はこの集団的な興奮状態を経験した後、しばらくは孤立感にそれほど苦しまずにすんだようだ。やがて少しずつ不安による緊張感がつのってくると、ふたたび儀式が繰り返されて、緊張が解かれるのだった。 | ||||||
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![]() | 吉本隆明 評論家 | |||||
市民運動をやっている人たちは、自分たちで不安感や恐怖感を作り出しておいて、雰囲気でものを言っているところがあると思います。開かれているようでいて、閉じた集団なのです。 | ||||||
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![]() | アルトゥル・ショーペンハウアー 哲学者 | |||||
社交とは、極寒のなかで人々が押し合いへし合いして体を暖めるように、人々が互いに触れ合うことで精神の温もりを求めるものとみなすことができる。けれども、自ら精神の温もりをおおいにもつ人は、このような集団をつくる必要がない。ヤマアラシの一群がある寒い冬の日に、寒さをしのごうと体を寄せ合っていた。しかし互いの体の針が痛くて、体を離す。寒さに震えてまた体を寄せ合うと、また針が突き刺さる。こうして寒さと痛さの間を行ったり来たりしながら、最後にやっと我慢できるお互いの適当な間隔を見出したという。 | ||||||
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![]() | エーリッヒ・フロム 哲学者 | |||||
人間は孤立感から逃れるために、「祝祭的な興奮状態」「集団等への同調」「創造的な活動」といった方法をとるが、完全な答えは人間どうしの一体化、他者との融合、すなわち「愛」にある。自分以外の人間と融合したいというこの欲望は、人間の最も強い欲望である。 | ||||||
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![]() | ヴィクトール・フランクル 医師 | |||||
群衆から離れることはときには必要だし、また可能でもあった。苦しみをともにする仲間と四六時中群れて、日常のこまごまとしたことをつねにすべて共有していると、この耐えざる強制的な集団からほんのいっときでいいから逃れたいという、あらがいたい衝動がわきおこることは、よく知られた事実だ。ひとりになって思いにふけりたいという、心の底からの渇望、ささやかな孤独に包まれたいという渇望がわきおこるのだ。 | ||||||
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