![]() | ニッコロ・マキャヴェッリ 思想家 | |||||
(君主は)愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である。それというのも、人間に関しては一般的に次のように言いうるからである。人間は恩知らずで気が変わり易く、偽善的で自らを偽り、臆病で貪欲である。君主が彼らに対して恩恵を施している限り彼らは君主のものであり、生命、財産、血、子供を君主に対して提供する。しかしこれはすでに述べたようにその必要が差し迫っていない場合のことであり、その必要が切迫すると彼らは裏切る。したがって彼らの言葉に全幅の信頼をおいている君主は他の準備を整えていないために滅亡する。(中略)人間は自らの意に従って愛し、君主の意に従って恐れる。したがって、賢明な君主は自らの自由になるものに依拠すべきであって、他人の判断に依存してはならない。そしてその際すでに述べたように憎悪を招かないようにだけ配慮すればよい。 | ||||||
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![]() | エーリッヒ・フロム 哲学者 | |||||
サディズム的人間は、彼が支配していると感じている人間だけを極めてはっきりと「愛し」ている。妻でも、子でも、助手でも、給仕でも、道行く乞食でも、かれの支配の対象にたいして、かれは愛の感情を、いや感謝の感情さえ持っている。かれらの生活を支配するのは、彼らを愛しているからだと、彼は考えているかもわからない。事実は彼は彼らを支配しているから愛しているのだ。彼は物質的なもので、賞賛で、愛を保証することで、ウィットや光彩ある才気で、関心を示すことによって、他人を買収している。彼はあらゆるものを与えるかもわからない―――ただ一つの事をのぞいて、すなわち自由独立の権利をのぞいて。 | ||||||
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![]() | 王陽明 哲学者 | |||||
人間性を回復する学問にいそしむ場合、あらゆる名声や利益、嗜好などについてはいずれもすっかり洗い落とすことができたとしても、それでもなお生に執着し死を恐れる意識がすこしでも残っていたら、それは不純な意識が融解しないままに完全な本体を覆っていることになる。人間にとって生に執着し死を恐れる意識は、もともと身体を持つ存在として生まれた当初からおびてきたものであるから、その意識を排除するのは容易ではない。もし、このことがはっきり理解でき、すっかり得心がいったならば、我々人間の完全な本体はそれでこそ自由自在に発現し、それでこそ「本性を発揮し天命のままになる」学問なのである。 | ||||||
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![]() | 板垣退助 政治家 | |||||
社会主義者は「勞働は神聖にして人間は悉く平等無差別に勞働の結果を収め、平等均一の生活を求むべきものなり」と言うが、もし彼等の言うように全国民の労働の賃金を均一にしたと仮定しよう、本来なら労働の多い少ない、勤勉であるか不真面目であるかによって賃金が変動するものが均一にされたならば、誰が勤勉に働くだろうか。結果として競争原理が働かなくなり、日に日に社会は退歩し、生活の水準は低い処にあつまり、文明の発展、個人の自由は阻害され、自分で考える事すら出来ない動物のように社会主義の牢獄に閉じ込められ、社会全体が愚者の集合体となり、ついにはミイラのような社会となるであろう。 | ||||||
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![]() | 塩野七生 作家 | |||||
兵士を率いて敵陣に突撃する一個中隊の隊長ならば、 政治とは何たるかを知らなくても 立派に職務を果せる。 しかし、軍務とは何たるかを知らないでは、 政治は絶対に行えない。 軍人は政治を理解していなくもかまわないが、 政治家は軍事を理解しないでは政治を行えない。 人間性のこの現実を知っていたローマ人は、 昔から、軍務と政務の間に境界をつくらず、 この間の往来が自由であるからこそ生れる、 現実的で広い視野をもつ 人材の育成のほうを重視したのであった。 | ||||||
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![]() | 夏目漱石 小説家 | |||||
近頃自我とか自覚とか唱えて、いくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのがたくさんあります。彼らは自分の自我をあくまで尊重するようなことを言いながら、他人の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の目を具し正義の観念を持つ以上は、自分の克服のために自分の個性を発展していくと同時に、その自由を他にも与えなければすまん事だと私は信じて疑わないのです。我々は他が自己の幸福のために、己れの個性を勝手に発揮するのを、相当の理由なくして妨害してはならないのであります。 | ||||||
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![]() | ジョン・スチュアート・ミル 哲学者 | |||||
社会には無数の禿鷹(ハゲタカ)がいるので、弱い立場の人が襲われないようにするには、とりわけ強い猛禽(もうきん)がいて、禿鷹を押さえつける役割を担っていなければならない。だが、禿鷹の王もやはり禿鷹であり、弱いものを餌食にしようとすることに変わりはないので、その嘴(くちばし)と爪にいつも警戒しておく必要があった。このため国を愛し、国民の自由を大切にする人たちは、支配者が国民に対して行使できる権力を制限しようとつとめてきた。そしてこの制限が、自由という言葉の意味であった。 | ||||||
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![]() | 新渡戸稲造 教育者 | |||||
日本は江戸幕府による専制下にあるが、統治は緩やかである。将軍や大名は窮屈な儀礼に縛られ、実権は下級に移行していて、威厳は見せかけだけで何の権力ももたない。法は平等で、華飾は身分を問わず制限されている。町人にしても農民にしても、国の官吏に対する服従は義務付けられているが、生産・商業活動においては誰からも妨げられることなく、最大限の自由を享受している。身分的差異は画然としていても、それが階級的な差別として不満の源泉となることのないような、親和感に貫ぬかれた文明である。この国では特に下級の者に対する支配はとくに緩やかと言える。 | ||||||
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![]() | アルベール・カミュ 小説家 | |||||
当然のことながら、個々の特例を考慮することは不可能であった。この病疫の無遠慮な侵入は、その最初の効果として、この町の市民に、あたかも個人的感情などもたぬ者のようにふるまうことを余儀なくさせた、といっていい。 (本当に悪化すると、人道や人権すら脅かされる可能性がある) 復帰者はいかなる場合にも再び町から出ることはできず、帰って来るのは自由であるが、出て行くのはそうでないということを明確にした。 | ||||||
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![]() | 塩野七生 作家 | |||||
盛者必衰は歴史の理と思う私には、 もしもそうであったとしても それで充分ではないか、 ましてや「先に延ばした」歳月ならば 数百年にも及んだのだから、 満足してしかるべきとなるが、 欧米の歴史家たちは、 自分たちだけは栄枯盛衰と無縁である とでも思っているのかもしれない。 そして、彼らのあげる帝政ローマ蔑視の理由は、 帝政時代のローマでは自由が失われた、 という点であった。 自由とは、国政を決める自由である。 ならば、共和制時代のローマでは、 この種の自由を誰もが享受していたのか。 共和制ローマの政体は、 アテネのような直接民主政ではなく、 市民集会はあっても事実上は元老院が決める、 歴史上では寡頭政の名で呼ばれる 少数指導性出会った。 スッラによる改革以前は三百人、 以後は六百人の元老院議員だけが、 国政を決める自由を享受していたのである。 帝政時代に入ってこの自由を失ったのは、 この六百人なのだ。 そして、ローマ帝国の全人口ならば、 その十万倍にはなっていたのだった。 (省略) 効率良き国家の運営と 平和の確立という時代の要求の前に、 六百人の国政決定の自由は、 死守すべきほどの価値であろうか。 われわれ人間は、常に選択を迫られる。 なぜなら、絶対の善も悪も存在せず、 人間のやれるのは、その中間で バランスをとり続けることでしかないのだから。 | ||||||
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