![]() | 作者不詳 | |||||
人が感官の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生ずる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。怒りから迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生ずる。記憶の混乱から知性の喪失が生じ、知性の喪失から人は破滅する。愛憎を離れた、自己の支配下にある感官により対象に向いつつ、自己を制した人は平安に達する。平安において、彼のすべての苦は滅する。心が静まった人の知性は速やかに確立するから。 | ||||||
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![]() | 坪内逍遥 小説家 | |||||
試みに一例をあげていはむ歟、彼の曲亭の傑作なりける「八犬伝」の中の八士の如きは、仁義八行の化物にて、決して人間とはいひ難かり。作者の本意も、もとよりして、彼の八行を人に擬して小説をなすべき心得なるから、あくまで八士の行をば完全無欠の者となして、勧懲の意を偶せしなり。されば勧懲を主眼として「八犬伝」を評するときには、東西古今にその類なき好稗史なりといふべけれど、他の人情を主脳としてこの物語を論ひなば、瑕なき玉とは称へがたし。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
元来、作者と評者と読者の関係は、例えば正三角形の各頂点の位置にあるものだと思われる。△の如き位置に、各々外を向いて坐っていたのでは話にもならないが、各々内側に向い合って腰を掛け、作者は語り、読者は聞き、評者は、或(ある)いは作者の話に相槌(あいづち)を打ち、或いは不審を訊(ただ)し、或いは読者に代って、そのストップを乞う。 | ||||||
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![]() | ウォルト・ホイットマン 詩人 | |||||
(シェイクスピアの劇作品について)ヨーロッパ封建制の躍動のただ中のなかから生み出された(中世の貴族社会を、その無慈悲で巨大な特権階級のそびえ立つ精神、その独特の空気と高慢さ(単なる模倣でなく)を無比な形で具現化している)これらの驚くべき作品(見方によっては文学史上較べるもののない優れた作品)は、劇作品群のそこかしこに現れる「狼のような伯爵」の一人、あるいは貴族の家に生まれてその世界を知っている人が、その真の作者であるように思われる。 | ||||||
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![]() | 坪内逍遥 小説家 | |||||
小説の完全無欠のものに於ては、画に画きがたきものをも描写し、詩に尽しがたきものをも現はし、且つ演劇にて演じがたき隠微をも写しつべし。蓋(けだ)し小説には詩歌の如く字数に定限あらざるのみか、韻などいふ械(くびかせ)もなく、はたまた演劇、絵画に反してただちに心に訴ふるをその性質(もちまえ)とするものゆゑ、作者が意匠を凝らしつべき範囲すこぶる広しといふべし。是れ小説の美術中にその位置を得る所以にして、竟(つい)には伝奇、戯曲を凌駕し、文壇上の最大美術のその随一といはれつべき理由とならむも知るべからず。 | ||||||
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![]() | アルトゥル・ショーペンハウアー 哲学者 | |||||
古典作家のだれでもよいから、たとえ三十分でも手に取ると、たちまちはさわやかに、かろやかに、清らかになり、高揚し、強くなる。岩から湧き出る清水を飲んで、元気を回復するのと同じだ。これは古典語とその完璧さのためなのか、それとも、数千年にわたってその作品が損なわれることも弱められることもなく残っている、作者の精神の偉大さのせいなのか。おそらく、双方が相まっているのだろう。 | ||||||
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