![]() | 渋沢栄一 実業家 | |||||
宗教やその教義としては、キリスト教の方がよいかもしれないが、人間の守る道としては孔子の教えの方がよいと思っている。これはわたし独自の考え方かもしれないが、孔子の方が高く信頼できる点として、奇蹟が一つもないことがある。キリストにせよ釈迦にせよ、奇蹟がたくさんある。キリストが磔にされてから三日後に蘇生したというのは、明らかに奇蹟ではないか。 | ||||||
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![]() | 塩野七生 作家 | |||||
人間を守護してくれる神を祭るのが 本来の性質である多神教ならば、 「神のお告げによってもたらされる真理」を意味する 「教理」が存在しなくても、 いっこうに不都合ではない。 だが、人間に生きるべき道を指し示すのを 目的にしている一神教となると、 教理があること自体がその宗教の存在理由になる。 そして、教理がかくも重要であれば、 その教理に対しての解釈のちがいが 生まれてくるのも当然の現象なのだ。 ただし、この解釈のちがいを 調整しないで放置すると、 宗教組織は空中分解してしまう。 それを、解釈のちがいを 調整することで阻止するのが、 司教たちを集めて開かれる 公会議の目的なのであった。 | ||||||
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![]() | 神谷美恵子 医師 | |||||
重い病の床にあって毎日苦痛を耐えしのぶのがやっと、というひとでも、積極的な生きがい感をもちうるひとがある。多くの場合、宗教的または哲学的な人生のうけとりかたをする人で、自分のこの苦しい生も、ただ無意味に与えられているのではない。自分にはよくわからないけれども、これはなんらかの大きな摂理にとって与えられたものだ。自分はこれをすなおに耐えしのぶことによってその摂理に参加し、ある意義を実現することができるのだ、という意味感に支えられている。 | ||||||
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![]() | 聖徳太子 政治家 | |||||
二番目に言う。しっかりと仏教を信仰しなさい。世の中にある三つの宝とは、仏・法理・僧侶のことである。それは生きている者の最後のよりどころであり、すべての国の究極のお手本となるものである。どんな世の中でも、どんな人でも、この仏教の真理を大切なものとしないことがあろうか。人間の中で極悪人は少ない。よく教育をうけたものであれば正しい道を歩むのである。ただ、それには仏教の教えを根本としなければ、どうやってねじ曲がったしまった心を元に戻せるのか。 | ||||||
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![]() | ウィリアム・スミス・クラーク 教育者 | |||||
我らは信ずる、心から悔い、そして神の子イエスへの信仰によって罪の赦しを得るすべての者は、生涯にわたり聖霊によって恵み豊かに導かれ、天の父の絶えざる御心によって守られ、ついにはあがなわれた聖徒の歓喜と希望とが備えられることを。しかし福音の招きを拒むすべての者は、自らの罪の中に死に、かつ永遠に主の御前から追放されねばならぬことを。 | ||||||
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![]() | エーリッヒ・フロム 哲学者 | |||||
ルッターにみられるような、確実性への強烈な追求は、純粋な信仰の表現ではなく、たえられない懐疑を克服しようとする要求に根ざしている。ルッター的な解決の仕方は、いまでも多くの人々にみられるもので、ただかれらは神学的な言葉で考えないだけである。すなわち、かれらは孤独となった自我を取り除くことによって、また個人の外にある圧倒的に強力な力の道具となってしまうことによって、確実性をみつけだしている。 | ||||||
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![]() | マザー・テレサ 宗教家 | |||||
主よ、あなたの平和をもたらす道具として、私をお使いください。憎しみのあるところには、愛を不当な扱いのあるところには、一致を疑惑のあるところには、信仰を誤っているところには、真理を絶望のあるところには、希望を暗闇には、光を悲しみのあるところには、喜びを持って行くことができますように慰められることを求めるよりは、慰めることを理解されることよりは、理解することを愛されるよりは、愛することを求める心をお与えください。 | ||||||
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![]() | 塩野七生 作家 | |||||
ハドリアヌスは、 真実は自分たちだけが所有しており、 それは唯一無二の自分たちの神のみであるとする 彼らの生き方を、 多様な人間社会もわきまえない 傲慢であるとして嫌ったのだ。 そして、それ以外の神々を信仰する他者を 軽蔑し憎悪するこの人々に、 神を愛するあまりに人間を憎むことになる 性癖を見出して、同意できなかったのであった。 | ||||||
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![]() | ヒラリー・クリントン 政治家 | |||||
私たちの憲法に基づく民主主義は、政権を平和的に移譲することを約束しています。私たちはそれを尊重するだけでなく、大切に思っています。また他にも法が約束しているものがあります。それは法の原則、すべての人が平等な権利と尊厳、信仰と表現の自由を持っているということです。この価値観も私たちは尊重し大切にしています。そして守らなくてはなりません。 | ||||||
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![]() | ジョン・ロック 哲学者 | |||||
為政者の不法行為が国民の大半に及んでいるとしよう。あるいは、危害や抑圧にさらされているのがごく一部の人々だけであるとしても、前列や事態の展開から判断して脅威が全員に及びかねない様相を呈しているとしよう。しかも、法とともに財産・自由・生命、さらには恐らく信仰までもが危殆に瀕しているということが、良心に照らして確信できるとしよう。そうだとしたら、不法な力を加えられている国民がそれに抵抗することを、どうして妨げることができようか。 | ||||||
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