![]() | ジョン・メイナード・ケインズ 経済学者 | |||||
経済学者や政治理論家の思想は、正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えているより、はるかに強力である。世界を支配しているのは、思想以外にないと言えるほどである。自分は現実的であって、どのような思想からも影響を受けていないと信じているものも、いまは亡き経済学者の奴隷であるのが普通だ。権力の座にあり、天の声を聴くと称する狂人も、それ以前に書かれた学者の悪文から、錯乱した思想を導き出している。 | ||||||
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![]() | 毛沢東 政治家 | |||||
我々は民衆を信じ、政党を信じるべきだ。調査していないなら発言権も無い。箒が届かなければ、ほこりは逃げない。革命はご馳走するようなものではない。我々の敵は誰だ。そして我々の味方は誰だ。敵が反対するものは擁護する。社会主義革命の目的は生産力の解放である。武力が政権を生みだす。理論と実践を互いに結びつける。戦い、失敗する。でもまた戦う。 | ||||||
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![]() | トーマス・エジソン 発明家 | |||||
理論に自信があれば、2つのものをつなげたら何が起こるか、理論で結果を想定するだけで、何もしなかっただろう。だが幸か不幸か、私は何の学歴もない。だから、何でもやってみなければ分からないではないか。それで私は何でもつなげてみた。そうしたら、信じられない面白いことがいっぱい起きた。それが私の発明の秘訣だ。 | ||||||
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![]() | ヨハン・ホイジンガ | |||||
古代からわれわれの時代にいたるまでの大侵略戦争はすべて、経済的な力関係、政治的配慮といった合理的理論から解釈するよりも、誰でもただちに理解することのできる、名声への欲望という観念を考えることによって、いっそう本質的な説明を与えることができよう。このような戦争の栄光化の現代的爆発は、悲しいかな、われわれにはもはや余りにも周知の事実となってしまった。 | ||||||
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![]() | マイケル・サンデル 哲学者 | |||||
「正義」とは一体何なのか。それを規定するものがいったいどこにあるのか。「正義をめぐる古代の理論は美徳から出発し、近現代の理論は自由から出発すると言えるかもしれない」。そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。大切なことは、その考え方にいろいろな視点があるということをしっかりと理解して臨むことであり、どの視点を自分が選択するのか、そこからどういった結論を導くのかすらも、各自の責任の範疇だという意識を持つことなのかもしれない。 | ||||||
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![]() | ジョン・スチュアート・ミル 哲学者 | |||||
人類の良識にとって不幸なことに、人類は間違いを犯すものであるという事実が、理論上ではかならず重視されても、じっさいの場面においてはほとんど軽視される。誰でも自分は間違えることがあると知っているのに、そのことをつねに心にとめておかねばと考える人はほとんどいない。自分も間違えることがあるとわかっていても、自分にとってかなり確実と思える意見がその一例かもしれぬと疑う人はごく少ない。 | ||||||
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![]() | 松下幸之助 実業家 | |||||
人は様々です。短気な人もいれば気の長い人もいる、緻密な人もいれば大雑把な人もいる。理論派もいれば人情家もいる、というようにそれぞれの持ち味が皆異なります。しかも、同じ人でも心というものは刻々と動いて、千変万化の様相を呈しています。ですから、自分の考えを伝えようとすれば相手の人がどのような人で、いまどのような心の状態にあるかよく知ったうえで、その人に一番受け入れてもらいやすいような言い方を工夫する必要があります。 | ||||||
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![]() | ヘンリー・ジェイムズ 作家 | |||||
観念というものは、それを信ずることが我々の生活にとって有益であるかぎりにおいて「真」である。合理論は論理と天空に執着する。経験論は外的な感覚に執着する。プラグマティズムはどんなものでも取り上げ、論理にも従えばまた感覚にも従い、最も卑近で最も個人的な経験までも考慮しようとする。神秘な経験でも、それが実際的な効果をもっている場合には、これを考慮するであろう。 | ||||||
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