![]() | ジャンヌ・モロー 女優 | |||||
監督は、女優のことをいろいろ知っていて、とてもよく見ているわ。彼女の中に隠された人格の源を理解しなければならないのよ。優れた監督なら、女優を最大限に生かそうとするはずよ。女優に魅了されれば、必然的に一種の“恋愛”関係が生まれるものよ。 | ||||||
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![]() | 河合隼雄 心理学者 | |||||
外向的な人は、内面コンプレックスをもっているし、内向的な人は外向コンプレックスを有しているが、このような人達が恋愛や夫婦として結ばれることはよくあることである。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
「恋愛至上主義」など、まあなんという破天荒、なんというグロテスク。「恋愛は神聖なり」なんて飛んでも無い事を言い出して居直ろうとして、まあ、なんという図々しさ。「神聖」だなんて、もったいない。口が腐りますよ。色気違いじゃないかしら。とても、とても、あんな事が、神聖なものですか。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
「甘美なる恋愛」の序曲と称する「もののはずみ」とかいうものの実況は、たいていかくの如く、わざとらしく、いやらしく、あさましく、みっともないものである。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
私がもし辞苑の編纂者(へんさんしゃ)だったならば、(恋愛を)次のように定義するであろう。「恋愛。 好色の念を文化的に新しく言いつくろいしもの。 すなわち、性慾衝動に基づく男女間の激情。 具体的には、一個または数個の異性と一体になろうとあがく特殊なる性的煩悶。 色慾のWarming-upとでも称すべきか。」 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
私は恋愛の「愛」の字、「性的愛」の「愛」の字が、気がかりでならぬのである。「愛」の美名に依って、卑猥感ひわいかんを隠蔽いんぺいせんとたくらんでいるのではなかろうかとさえ思われるのである。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
恋愛至上(主義)というから何となく高尚みたいに聞えるので、これを在来の日本語で、色慾至上主義と言ったら、どうであろうか。交合至上主義と言っても、意味は同じである。 | ||||||
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![]() | 太宰治 小説家 | |||||
寝てもさめても、れいの「性的煩悶」ばかりしている故に、そんな「もののはずみ」だの「きっかけ」だのでわけもなく「恋愛関係」に突入する事が出来るのかも知れないが、しかし心がそのところに無い時には、「きっかけ」も「妙な縁」もあったものでない。 | ||||||
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![]() | 三島由紀夫 小説家 | |||||
人生とは何だ? 人生とは失語症だ。世界とは何だ? 世界とは失語症だ。歴史とは何だ?歴史とは失語症だ。芸術とは? 恋愛とは? 政治とは?何でもかんでも失語症だ。 | ||||||
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![]() | 三島由紀夫 小説家 | |||||
恋愛とは、勿論、仏蘭西(フランス)の詩人が言つたやうに一つの拷問である。どちらがより多く相手を苦しめることができるか試してみませう、とメリメエがその女友達へ出した手紙のなかで書いてゐる。 | ||||||
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