![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
人間精神は身体が受ける刺激(アフェクティオ)〔変状〕の観念によってのみ人間身体自身を認識し、またそれの存在することを知る。 | ||||||
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![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
もし人間身体がかつて二つあるいは多数の物体から同時に刺激されたとしたら、精神はあとでその中の一つを表象する場合ただちに他のものをも想起するであろう。 | ||||||
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![]() | 小林多喜二 作家 | |||||
人間の身体には、どの位の限度があるか、然しそれは当の本人よりも監督の方が、よく知っていた。 | ||||||
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![]() | レフ・トロツキー 政治家 | |||||
人間の身体が酸素を必要とするように、社会主義は民主主義を必要とする。 | ||||||
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![]() | 井上ひさし 小説家 | |||||
人間の身体を使う演劇にはかるがると国境を越える力があります。 | ||||||
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![]() | エミール・シオラン 作家 | |||||
人間は身体などを引きずらなくてもよかったはずだ。我の重荷だけで充分のはずだった。 | ||||||
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![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
人間身体は自らを維持するためにきわめて多くの他の物体を要し、これらの物体からいわば絶えず更生される。 | ||||||
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![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
人間身体および人間身体が刺激されるのを常とするいくつかの外部の物体に共通でかつ特有であるもの、そして等しくこれら各物体の部分の中にも全体の中にも在るもの、そうしたものの観念もまた精神の中において妥当であるであろう。 | ||||||
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![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
人間身体の変状の観念は、単に人間精神に関連している限り、明瞭判然たるものではなく、混乱したものである。 | ||||||
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![]() | バールーフ・デ・スピノザ 哲学者 | |||||
人間身体は多くの変化を受けてしかもなお対象の印象あるいは痕跡を(これについては第二部要請五を見よ)、したがってまた事物の表象像を保持することができる。表象像の定義については第二部定理一七の備考を見よ。 | ||||||
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