![]() | 塩野七生 作家 | |||||
盛者必衰は歴史の理と思う私には、 もしもそうであったとしても それで充分ではないか、 ましてや「先に延ばした」歳月ならば 数百年にも及んだのだから、 満足してしかるべきとなるが、 欧米の歴史家たちは、 自分たちだけは栄枯盛衰と無縁である とでも思っているのかもしれない。 そして、彼らのあげる帝政ローマ蔑視の理由は、 帝政時代のローマでは自由が失われた、 という点であった。 自由とは、国政を決める自由である。 ならば、共和制時代のローマでは、 この種の自由を誰もが享受していたのか。 共和制ローマの政体は、 アテネのような直接民主政ではなく、 市民集会はあっても事実上は元老院が決める、 歴史上では寡頭政の名で呼ばれる 少数指導性出会った。 スッラによる改革以前は三百人、 以後は六百人の元老院議員だけが、 国政を決める自由を享受していたのである。 帝政時代に入ってこの自由を失ったのは、 この六百人なのだ。 そして、ローマ帝国の全人口ならば、 その十万倍にはなっていたのだった。 (省略) 効率良き国家の運営と 平和の確立という時代の要求の前に、 六百人の国政決定の自由は、 死守すべきほどの価値であろうか。 われわれ人間は、常に選択を迫られる。 なぜなら、絶対の善も悪も存在せず、 人間のやれるのは、その中間で バランスをとり続けることでしかないのだから。 | ||||||
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![]() | 池田晶子 哲学者 | |||||
「自分がそう思う」というだけなら、それが正しいか間違っているかは、まだわからない。自分ではそれを正しいと思っていたのだけど、ほかの人はそれを正しいとは思っていなかったとか、以前は正しいと思っていたのだけど、今は正しいと思わないとか、よく気をつけてみると、そんなことばかりじゃないだろうか。だから人は、自分が思っていることが正しいことなのかどうか、常に「考える」ということをするわけだ。 | ||||||
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![]() | アンネ・フランク 作家 | |||||
特別なことと言えば、マルゴーと私が二人揃って両親が鼻につき始めてることぐらいです。誤解しないでほしいんですけど、私は今でも以前と変わらずお父さんを愛してますし、マルゴーは両親どちらも愛しています。でも私たちぐらいの年になると、誰でもちょっとは物事を自分で決めたくなります。(略)マルゴーも悟ったようです。両親より同性の友達の方が、自分自身について気楽に話せるってことが。 | ||||||
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![]() | J・K・ローリング 小説家 | |||||
私自身は変わっていないと思いますが、他の人が「イヤなやつになった」と思っているかもしれませんね。以前と変わったのは、パブリシティで忙しくて、書く時間が少なくなった事でしょうか。でも私の人生で一番大事なものは娘のジェシカだし、次にハリー・ポッターを最後まで書き終えること。これはまったく変わっていません。 | ||||||
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![]() | フローレンス・ナイチンゲール 看護師 | |||||
すべての病気は、その経過のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、その性質は回復過程であって、必ずしも、苦痛をともなうものではない。つまり病気とは、毒されたり(poisoning)、衰えたり(decay)する過程を癒そうとする自然の努力の現われであり、それは何週間も何カ月も、ときには何年も前から気づかれずに始まっていて、このように進んできた以前からの過程の、その時々の結果として現われたのが病気という現象なのである。 | ||||||
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![]() | リチャード・フィリップス・ファインマン 物理学者 | |||||
僕はまた他のことも考えはじめた。前にはあんなに物理をやるのが楽しかったというのに、今はいささか食傷気味だ。なぜ昔は楽しめたのだろう?そうだ、以前は僕は物理で遊んだのだった。いつもやりたいと思ったことをやったまでで、それが核物理の発展のために重要であろうがなかろうが、そんなことは知ったことではなかった。ただ僕が面白く遊べるかどうかが決めてだったのだ。 | ||||||
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![]() | ジョン・メイナード・ケインズ 経済学者 | |||||
経済学者や政治理論家の思想は、正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えているより、はるかに強力である。世界を支配しているのは、思想以外にないと言えるほどである。自分は現実的であって、どのような思想からも影響を受けていないと信じているものも、いまは亡き経済学者の奴隷であるのが普通だ。権力の座にあり、天の声を聴くと称する狂人も、それ以前に書かれた学者の悪文から、錯乱した思想を導き出している。 | ||||||
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![]() | ユヴァル・ノア・ハラリ 歴史学者 | |||||
産業革命は、エネルギー変換における革命だった。産業革命以前、人間のエネルギーはほぼ完全に植物(注:及びその植物を食べる動物)に依存していた。熱を動きに変換するという大躍進は、部分的には9世紀の中国で火薬が発明された後に起こった。火薬の発明から実用的な大砲の開発までには、約600年が過ぎ、熱を使って物を動かす次なる機械(蒸気機関)を人々が発明するまでには、さらに3世紀が過ぎた。しかしその後、どんな種類の質量もエネルギーに変換できる(E=mc2という式はそういう意味だ)とアインシュタインが結論してから、広島と長崎を原子爆弾が壊滅させ、世界中に原子力発電所が続々と建設されるまでには、わずか40年の月日が過ぎただけだった。 | ||||||
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![]() | 呉兢 歴史家 | |||||
人は大いに学問をしなければならない。私は以前、武力で世を平定するのに忙しく、読書をする余裕がなかった。君臣父子や政治教化の道は、すべて書物の中に記されている。昔の人はこう言っている。「勉強しなければ垣に向かって立っているようなもの(何も見えない)。いざ事に臨んだときにも、心が乱れるばかり」。これはでたらめではない。 | ||||||
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![]() | ニッコロ・マキャヴェッリ 思想家 | |||||
君主は歴史を読み、その中で偉人達の行動を考察しなければならず、戦争において彼らがどのように行動したかを知り、勝因と敗因とを検討しなければならない。そしてこれら偉人達も、彼ら以前に称讃と栄光とを体現していた人物を模倣し、その者の立ち居振舞を座右の銘としたのであった。例えば、アレクサンドロスはアキレウスを、カエサルはアレクサンドロスを、スキピオはキュロスをそれぞれ模倣した。 | ||||||
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